沙粧妙子―薔薇の誓い―

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ACT2 スタンドプレーな女

 翌日。
 梅原は、あいさつもそこそこに早速捜査に駆りだされた。
 「お前は沙粧にくっついて、何かわかったら俺ンとこに報告しろ。わかったな!」
 上司の高坂警部の指示に従い、科学捜査研究所で沙粧妙子と合流する。
 梅原は、沙粧について何も聞かされていなかったが、彼女がかつて高坂の部下であり、しかもスタンドプレーが多かったことはなんとなく会話の端々から読み取っていた。そして、何かわかったら報せろという高坂の言葉から、高坂も一目置く優秀な刑事であるということも──


 捜査一課の面々が被害者の交友関係を洗っている最中、「税金の無駄遣い」とばっさり切り捨てた沙粧が向かった先は武蔵野だった。
 それは、背骨折連続殺 人事件の現場のどこでもなかった。
 第一の事件は練馬区、第二の事件は中野区、そして昨日の事件は世田谷でそれぞれ起こっている。
 覆面パトカーの運転席でハンドルを握る沙粧に、梅原が不思議そうに尋ねた。
「沙粧さん、武蔵野に何があるんですか?」
 沙粧はフロントに置いた茶封筒を梅原に渡す。
「これを見て」
 促されるままに、封筒を開けて見ると、別件の捜査ファイルが入っていた。
 自宅のマンションで見つかった絞殺死体。被害者は墨田紀子35歳、独身の一人暮らし。死亡推定時刻は午後9時から11時の間。部屋には争った跡があるものの、盗まれた物もないことから、怨恨の線で捜査を進めるが特定の人物は浮かばず。依然として捜査は停頓している。
「これが今回の事件と何か関係あるんですか?」
「あなたはないと思う?」
「そりゃ、そうでしょう」
「どうして?」
「どうしてって、共通点がなさすぎますよ。今までの3つの事件の共通点は、第一に被害者は20代前半の若い女、第二に死因が頚骨が折られたものによること、第三に殺 害後、背骨が折られている。第四に事件は毎週火曜日に起こっている。この事件は第一の殺 人より一ヶ月近くも前、しかも金曜日です。全然違いますよ」
「ちゃんと勉強してるじゃない」
──!」
 梅原はカッと血が上った。
 もしや自分は試されたのか?
 梅原はふくれっ面で窓を向く。
「一応、一通りは資料に目を通しましたよ。おかげで昨日はほとんど寝てない──沙粧さん、どういうつもりですか」
「この事件が本当の最初の犯行・・・たぶん」
「まさか!どうして?」
「着いたら教えてあげるわ」
 そう言って沙粧は唇を歪める。笑ったつもりなのだろうが、付き合いの浅い者にはなかなかわかりにくい笑顔だ。
「それまで寝てなさい。寝不足なんでしょ」
 当然、昨日会ったばかりの梅原は、これを痛烈な皮肉と受けとった。
 意地でも、ハイ、そうですか、と高イビキをかくわけにはいかない。
 梅原は、それ以上教えてくれそうもない沙粧に、別の質問を投げかけた。
「あの、沙粧さん。どうしてボクを引き上げてくれたんですか。しかも捜査一課の人員は単純増。つまり自分の代わりに誰かが出て行ったわけじゃない。なんか解せないんですよね」
 赤信号でブレーキを踏んだ沙粧が首を回して梅原を見る。
「あなたには近い将来、犯 罪心理分析課に加わってもらう。私が今籍を置いているところよ。まだできたばかりで、人を受け入れるだけの体制が整ってないから、あなたにとって捜査一課は、その体制が整うまでの言わば腰掛け。だから一時的に捜査一課の定数が増えたの。たとえ露骨に私の息がかかってるとはいえ、人手の少ない捜査課でこの異動を受け入れない手はない」
「なるほど、そういうことですか。でも、何でよりによって捜査一課なんですか。やっぱりボクの希望が通ったからですか」
「それはあなたもだいたい見当がついてるはず。あなたの上司の高坂警部。彼は捜査一課のヌシみたいなものよ。わかるでしょ。彼、私を煙たがってる」
「はあ、まあ、たしかに・・・」
「わかりやすい男、典型的な直情型。感情と行動が直結している。短気で考えが浅い」
 沙粧はひどく高坂をコキおろしているが、実は口で言うほど彼を嫌ってはいないのではないか。梅原はなぜかそんな気がした。
「要するに、沙粧さんが捜査するための口実になれということですね。でもまあ、それがボクの仕事だっていうんなら従いますよ。捜査一課を志望していた僕が言うのもなんですけど、今の職場よかボクには合ってるかもしれませんしね、その犯 罪心理分析課って」
 信号が青に変わりアクセルに足をかける沙粧。その表情は能面のようにかたい。おそらく誰に対してもこうなのだろう。
 この人には、心を開いて安らげる人はいないのだろうか。
 沙粧の横顔を盗み見ながら、梅原はふとそんなことを考えた。
「で、つまるところ、ボクが沙粧さんのおメガネにかなった理由って何だったんですか?心理学専攻してた変り種だったからとか?」
 沙粧はハンドルを切りながら答える。
「あなた、壊れにくそうだから」
「はあ?」
 わけがわからない。そんな禅問答みたいなことじゃなく、はっきり言って欲しいもんだ。まさか、壊れにくいって、しぶとく生きぬくって意味か?──そういや、昨日、高坂警部が言ってたな、沙粧さんの相棒、ボクで3人目だって──
「松岡さんと竹本さんって、前に沙粧さんとコンビ組んでたんですよね」
 沙粧は思わぬ質問に眉をきゅっとしかめた。
「なに?」
「今、どうしてるんですか、そのふたり」
 まさか殉職したとか──いや、まさか!刑事がそうめったに殉職なんてするものか。
「松岡と竹本──
 沙粧は前方に視点を据えたまま小首を傾げた。
「ふたりとも遠いところに行ってしまったから──
 梅原は背中に冷たいものが走る。彼には一瞬、沙粧の後ろに死神が憑いているかのように感じられた。
「死んでるって思ったでしょ」
「え・・・」
「あなた、そのふたりはもう死んでるって思った。顔にそう書いてある。動揺しやすい性格。声が震え、視線が泳ぐ」
「じゃあ、やっぱり──
 視線を泳がせながら震える声で問う梅原に、沙粧が短く答える。
「ふたりとも生きてるわ」
 生きてるって、まさか、『私の心の中で・・・』なんてオチじゃないでしょうね。
 疑り深い梅原が、言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
 この人なら眉ひとつ動かさずイエスと答えそうだ。


 墨田紀子のマンションに着いた沙粧は、早速部屋の中を物色し始めた。
 幸いにして、まだ部屋は事件当時のままであった。
「もう捜査員が充分調べたはずです。今さら何も出てきやしませんよ」
 やる気まるでなしの梅原の言葉など耳も貸さず、本棚の本を一冊一冊ひらいてみている沙粧。
「それより、沙粧さん、早く教えてください。どうしてこの事件が連続背骨折殺 人犯の犯行だと思うんですか。昨日言ってた犯人像のプロファイリングと何か関係があるんですか」
 返事をせずに黙々と調べる沙粧。梅原は舌打ちする。
「着いたら教えるって言ったのに・・・」
「梅原、あなたも突っ立てないで探しなさい」
「探すってナニをですか?」
「犯人を示す手がかり」
「だから、もうさんざん調べたって──
 渋る梅原に、沙粧は一旦捜査を中断し、胸の前で腕を組んだ。
「この部屋が犯人へ繋がるただひとつの道。犯人とつながりのある被害者は、墨田紀子だけなの」
「やけに断定的ですね」
「断定はしない。でも、その可能性は高い」
「怨恨の線で調べて容疑者すら上がらなかったんですよ。今頃新事実なんて」
「視点を変えるのよ──例えば、これ」
 沙粧は布製の表紙の本を手にとって見せる。
「それって、卒業アルバム?──でも、それだってもう調べたと思いますよ。親しかった友人とか付き合ってた男の子とか・・・」
「でも、全員ではない」
「それはそうだろうけど・・・」
「同級生で太った男にマトを絞ってみれば──
 沙粧が卒業アルバムのページを捲り、墨田紀子のクラスのページを開く。
 当時18歳の墨田紀子の顔写真をはじめ、見開き2ページに3年F組の生徒40名の写真が掲載されている。
「この中で太っている、と形容できそうなのはこの3人」
 沙粧が3人の写真を指し示す。
 男子3番 江口達朗
 男子7番 小峰猛
 男子20番 力丸禅太
「ば・・・」
 梅原は呆れてものが言えなかった。
「そんなバカな。20年近くも前の同級生が、どんな恨みで彼女を殺すというんですか。しかも今さら!それがあの残虐非道の連続背骨折殺 人の犯人による第一の犯行だって!どういう推理を展開したらそういう結論に辿りつくんです!」
 沙粧は全く答えず、アルバムをビニール袋に入れて立ち上がる。
「行くわよ」
「はあ?」
「とりあえず、この3人に当たってみましょう」


 男は喰っていた。
 ひたすら喰っていた。
 まるで、食べることが彼の人生の全てであるかのように──
 実際、今までの彼はそうであったのかもしれない。
 しかし、今は違う。明らかに違う。
 彼の手は、スナック菓子の入った銀色の袋と、てらてら光る油まみれの唇、両者の間をせわしなく往復している。
 彼の口が雛鳥ならば、彼の手は親鳥。口をあけてピィピィ鳴く子供たちに一生懸命餌を与えているのだ。
「やっぱり、カールはチーズ味だな」
 男は一人満足げに呟いて、壁にピンで留めた大量のポラロイド写真を見やる。
 そして、油でべとべとの指先をティッシュで丹念に拭きとり、そのうちの一枚を壁からはがす。
 女の写真はすべて死体だった。
 ありえない方向に首を捻じ曲げられ、残酷にも背骨をへし折られ、まるで飽きられてうち捨てられた人形のようなその姿。
 その中にあって、ただ唯一、生きた女の写真は、高校生らしき女の子のもの。
 制服を着て真正面から撮られた背景ブルーの写真。
 プロの手によって撮られたものであろうそれはまるで卒業アルバムの写真のように鮮明であった。
「ふふふ・・・・・・・・・・・・・むふふふふ・・・・・・・・・・・・・・」
 頬を痙攣させながら含み笑いを漏らすその男の名は力丸禅太。
 力丸は写真を戻し、再びスナック菓子の袋に手をのばす。
 再び始まる往復運動。
 容赦なく胃袋に押し込まれていくスナック菓子。
「ふふふ・・・・・・・・・・・・・むふふふふ・・・・・・・・・・・・・・」
 食べるスピードは加速する。
 それはもう病的なまでに──



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