沙粧妙子―薔薇の誓い―

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ACT3 彼女の分析

 卒業アルバムを手がかりに沙粧がマークした三人のうち二人までが、その日のうちに所在が明らかになった。
 アルバムに書いてあった電話番号からたどり着けたのは、江口達朗と小峰猛。
 電話で話した江口は明るい調子で是非警察に協力したいと申し出た。今世間を騒がせている事件に自分がかかわっているかもしれないという事実に些か興奮しているようだった。
 一方の小峰猛は、仕事が忙しいので手短に頼むと言い、早く話を切り上げたい様子だった。電話先の仕事場からは次々と鳴る電話のベルが電話口から聞こえていたので彼の言うことはあながち嘘でもないらしい。
 沙粧はこのふたりに2、3質問をして携帯電話を切った。
 もうひとり力丸禅太は、相当前に引っ越しているらしく所在を掴むのには少し時間が必要だった。
「これから、どうしますか?」
 梅原斗季夫が車の運転席でハンバーガーをパクつきながら、電話を終えたばかりの沙粧に問う。
「江口はもういい。小峰の仕事場へ行きましょう」
 あっさり江口をシロと判断する沙粧に、梅原は勢い込んで反論した。
「ちょ、沙粧さん。なんで江口はシロなんですか?だいたい、今だってアリバイすら聞いてないでしょ」
「いいから、車出して」
 しかし、梅原は露骨に機嫌を損ねて、キーを回そうとしない。
「梅原、早く出しなさい」
 前を向いたまま冷たく命じる沙粧に梅原は声を荒げた。
「いいかげんにしてください、沙粧さん!ボクはあなたのパートナーなんだ。まあ、部下でもあるけど、どっちにしたって相手を信用できなきゃ動けませんよ──いや、誤解しないでください。ボクは高坂警部みたいにスタンドプレーに目くじら立てるつもりはありません。要は一刻も早く事件が解決できればいいんだ。メンツや体裁なんて拘る必要はない。だけど、ボクだって人間です。血の通った人間なんです。沙粧さん、お願いします。ボクには手の内を隠さないでください。高坂警部に言うなというなら絶対に言いませんから」
 沙粧は梅原の剣幕に驚きの表情を見せ、そして薄く微笑んだ。
「さっきも言ったけど、この一連の事件は初犯ではない。あなた、ダーツやったことある?一回目は外しても二回目以降の命中率は飛躍的に上がる。これが人間の持つ補正機能。あの背骨折り殺 人が犯人にとっての初犯であるわけがない。それにしてはあまりにもキレイすぎる。初めてにしてはキレイすぎるのよ。私の疑問の出発点はまずそこ」
 梅原の熱意にうたれてか、はたまた単なる気まぐれか、とにかくようやく話し始めた沙粧に梅原が食いつく。
「初犯じゃないというのはボクも賛成です。だけど、どうしてこのヤマがつながるんです?連続背骨折事件は無秩序型の無差別殺 人ですよ」
 すこしばかり専門的なことを言ってやる梅原に、沙粧は顎に手をあて、梅原に向き直る。
「どこが無秩序なの?被害者はすべて若い女、犯人は明らかに条件を設定している。目に入った者を片っ端から殺してるわけじゃない。そして殺し方にも一貫性がある。首の骨を折り、更に背骨を折る。これは自分の力の誇示、アピール」
「だったら余計、墨田紀子殺しとは似ても似つかない。背骨なんて折れてなかった。単なる絞殺です」
「絞殺だけど、首の骨は折れていた──
「よくあることです」
「でも必ずあることじゃない。最近起こった殺 人事件。被害者は女。杉並区に隣接する区が現場。そして未解決のもの。この条件に当てはまるヤマは、これひとつしかなかった」
「だから、どうして杉並区なんですか?あと、昨日言ってた犯人は用心深くて、几帳面ってヤツ?一体どこに根拠があるんです」
 梅原の問いに沙粧はゆっくりと口を開く。
「今までの3つの事件は練馬区、中野区、世田谷区がそれぞれ現場になっている。ちょうどその中間に位置するのが杉並区。自分の行動圏から一定の距離を置いて犯 罪を実行する几帳面な性格。そして、あまり外に出ないのは、見つからない自信がある。つまり、遠出はあまりしない」
 ああ、そういうことか。
 梅原は一応合点がいった。さっきの電話で沙粧は、現住所と職場について尋ねていた。江口は八王子と答え、一方の小峰は、杉並区と答えていた。沙粧の論理でいけば、江口は完全なシロ。そして小峰は最有力候補というわけだ。
 しかし、どうも根拠としては薄い気がする。たったそれだけの分析でここまで方向性を持って捜査できるものなのだろうか?
 梅原はハンバーガーとともにいくつかの疑問符を飲み下し、車のキーを回したのだった。


 1時間後。
 小峰のマンションを予告なしに訪問した沙粧たちだったが、それも徒労に終わってしまった。
 小峰には完璧なアリバイがあったのだ。
 しかも高校時分の写真の面影は残しているものの中肉中背と呼べるくらいに痩せてしまっていた。
 怪力のイメージからは程遠い。
 近所の公園で缶コーヒーを啜りながら沙粧がアンニュイな吐息をもらす。
「杉並区役所で力丸禅太の名前が見つからなかったらこれで終わりにしましょう」
 そんな沙粧に梅原が遠慮がちに尋ねた。
「あの・・・ひとつ聞いていいですか?」
「なに?」
「どうして犯人は太ってるって思うんですか。怪力イコール大柄って発想はイージーだって言ったの沙粧さんじゃないですか」
「激殺シリーズ」
「は・・・?」
「テレビドラマよ。私も知らなくて妹に教えてもらったんだけど。悪い奴らを闇から闇へ葬り去る勧善懲悪の王道を行くドラマ。その中に出てくるの。怪力で悪者をやっつけるヤツが。悪者の首を締めあげたうえ、サバ折りでトドメをさす」
「まさかそれって──
「その役の人、とても太ってるの」
「じゃあ、犯人はその正義のヒーローに自分の姿を重ねているっていうんですか?」
「そういう可能性はあるわね」
「テレビが生んだ犯 罪者か」
 梅原はやるせない気持ちで首を振った。今回の連続殺 人はマスコミでも大きく取り上げられている。しかし、模倣犯対策のため、警察は一部の情報を意図的に隠していた。それは「背骨が折られていたこと」と「犯行が火曜日であること」だ。
 激殺シリーズの放送は毎週月曜日夜10時。
 犯人はテレビを見たその次の日に犯行に及んでいるということになる。むろん、これはすべて沙粧の仮説、決して隙のない推理とはいえない砂上の楼閣、机上の論理でしかない。
 しかし、これがプロファイリングなのだ。プロファイリングに『絶対』はない。最も可能性の高い犯人像を客観的データから判断しているにすぎないのだ。そのともすると誤認逮捕さえも増長させかねないあいまいな捜査方式が、旧態依然の警察機構に受け入れがたくさせている一因になっているのであろう。


 結局、力丸禅太の足取りはつかめなかった。
 時刻は夜の8時を回っていた。
 科学捜査研究所の駐車場に沙粧たちの車が滑り込む。
 車を降りた沙粧に梅原が窓をおろして声をかける。
「沙粧さん、まだ仕事やってくんですか?」
「ええ、少しね、調べもの」
「力丸禅太ですね。じゃあ、ボクも付き合いますよ」
「いい。あなた、昨日寝てないんでしょ」
「でも・・・」
「ホントにいいから」
 突き放すような口調に梅原はそれ以上食い下がるのはやめた。遠慮しているのではなく、自分ひとりでやりたいのだろう。
「じゃあ、お疲れさまです」
 これほど孤独の似合う女性も珍しいな・・・。
 と、沙粧の背中を見送った梅原は、やがて大きくため息をついた。
「はあ、なんか疲れたなあ」
 彼女と一緒にいると、まるで一日中が葬式みたいな気分になる。そう思わずにいられない梅原だった。


「やあ、沙粧さん、遅くまでご苦労様でした」
 犯 罪心理分析課に戻った沙粧をひとり迎えたのは管理監の寄辺範之だった。
 いつなんどきも縁なし眼鏡の奥の目じりをたらして相好を崩さない寄辺は、およそ刑事とは思えない穏やかな印象の男だった。彼は犯 罪心理プロファイリングに関しては無知といって差し支えない。そんな彼がなぜ新設された心理分析課の管理職におさまっているのか実に不思議である。
 寄辺は卵を抱くように湯のみを持ち、そしてお茶を啜っている。
「まだいたんですか?」
 沙粧が呆れたように言って、スチールのデスクにバッグを置いた。
「私も早く帰りたかったんですけどね。沙粧さん、無線も携帯も切ったままだったでしょ。連絡が取れないと先に帰るわけにもいかないですしね」
「それは、ごめんなさい」
 沙粧がすっと眉を上げて頭を下げる。
「連続背骨折り、追ってたんですよね。何か掴めましたか?」
 と、尋ねる寄辺。
 沙粧はカードキーを差し込んでパソコンを立ち上げながら、苛立たしげに髪をかきあげた。
「報告書にまとめますか?」
「いえいえ、そんなつまらないことに時間を割く必要はありませんよ。私なんて名ばかりの管理職ですから、そんな形式的な書類を求めるつもりはありません。それより昆布茶飲みますか、おいしいですよ」
「いえ、結構です」
「じゃあ、コーヒーでも・・・」
「ほんとにお構いなく」
 沙粧は軽く愛想笑いを浮かべると、眼鏡をかけてパソコンのモニターに向かった。もう話し掛けないでくれと言わんばかりに──
 しかし、悪気はないのだろうが寄辺は懲りずにまとわりつく。
「思う存分やってくださいね、沙粧さん。なにか問題があれば私に言ってもらえればなんとかしますから」
 沙粧が振り返ると、思いがけず近くに寄辺のえびす顔が迫っていた。
「この役立たずのクビはそういうときのためにあるんですから」
「管理監、どうして、そこまで──
 沙粧の戸惑いを含んだ視線から逃れるように、寄辺は部屋のすみにあるコーヒーメーカーを取りにいく。
「そんな疑うような目で見ないでください。別に変な下心なんてないですから・──あ、そんなのがあったらとっくにお見通しですよね。なにしろ沙粧さんは心理捜査のエキスパートですから」
 寄辺はコーヒーを差し出しながら、沙粧に微笑みかけた。
「私はね、沙粧さんのファンなんですよ」
 そして寄辺は、「じゃあ、お先に失礼しますよ」と、律儀に頭を下げて部屋を出て行った。


 一人になった沙粧は、パソコンが膨大なデータを検索している間に、寄辺の置いていったコーヒーに手をのばした。
「にがい・・・」
 煮詰まりすぎて飲めたもんじゃない。
 そういえば、これが今日何杯目のコーヒーだろうと、瞼を擦りながら考える。
 そうしているうちに、検索は終了した。
 力丸禅太。
 警視庁が誇る犯 罪者及び犯 罪者予備軍ブラックリストのデータベースにその名前で検索した結果、ヒット数は0だった。



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