勝手にバトロワ
〜13〜
「えーと、みなさん、まだ動かないでくださいねー。最初に出発する人は原作にのっとって、くじ引きで決めさせてもらいますのでね。最初の人が決まったら、次からは男女交互に出席番号順ということで。さて、時は金なり。時間がもったいないので、名前を呼ばれたらいつでも行けるように準備しといてくださいねー。いいですかー、二分間隔で行ってもらいますからねー。モタモタしてると吹雪さんみたいになっちゃいますよぉ☆」
無残にも。
竹内吹雪の遺体はそのまま教室の後方に放置されたままだった。苛烈な現実から目を逸らすように、誰もそちらに目を向けようとはしない。
そんな中、女子7番猿渡啓子はあくまで希望を捨ててはいなかった。
アタシは、アタシたちは他の人たちとは違う。田舎を飛びだし、それぞれの地でそれぞれの生活を送っている大勢は、今回の同窓会が十一年ぶりの再会になることだろう。高校、大学ならいざ知らず、特にも田舎の中学の同級生というものは、家が近所とか親戚どうしとか、そういうつながりでもない限り意外に交流が少ないものなのだ。
だけど地元組は違う。現在も横表に住んでいるいわゆる地元組は全部で七人。うち男子の山寺、本郷、加藤はまったくタイプが違うので、あまり付き合いはないようだけど、女の子四人は当時からの仲良しで、今でもちょくちょく会ったりしている。
今日子、玲、爽香。この三人は……この三人だけは信頼できる!
今日だって(いや、もう昨日か)四人で一緒の新幹線に乗ってやってきたのだ。
だから、今日子がしようとしていることだってスグにわかった。
今日子は私たち三人に集合場所を指定してきたのだ。
メモを回したわけでもない。耳元で囁いたわけでもない。
彼女はただ少しゆっくりめに瞬きをしただけ。それだけでわかる。マブダチがなにを伝えようとしていたのか。素晴らしきかなオーマイフレンズ!いわゆるひとつの以心伝心ってヤツですか。長年連れ添った夫婦だってこうもウマくはいかないよ。もちろん、玲や爽香にもきっと同じようにハーツトゥハーツで伝わっているに決まってる。
そうなんだ、なにも迷うことはない。正直今は、どうしたらこのピンチを切り抜けられるのか考えもつかないけれど、四人で考えればきっとなにかいい案が浮かぶと思うんだ。ほら、昔の人もいってたじゃない。四人集まればナントカの知恵って。あれっ、三人だっけ?
とにかく!ここを出たらなにも考えないで西に一キロ走るんだ。このミクリヤとかいう人のいうように、ホントにここが当時の横表と同じような配置になっているのなら、そこには……。
大丈夫だよ、啓子。しっかりして、啓子。今日子たちが一緒なら大丈夫。きっとなんとかなるでしょ。けしてやまない雨がないように、ね。
「それでは運命の抽選です!ドロドロドロ〜」
ミクリヤの舌が激しくドラムロールを奏でる中、四角い箱から三角くじがひっぱりだされる。
洟紙を開いてみるように、そっと三角くじを覗くミクリヤが満足げに口元を歪めた。
「厳正なる抽選の結果、栄えある一番手は男子1番藍原直紀くんに決定いたしましたー!はい、拍手ぅ〜。いやー、これ、奇遇にも原作と一緒じゃないですかー。というわけでですね、先刻説明したとおり、次は女子1番朱見今日子さん、男子2番宇佐美達也くんの順で出発してもらいまーす」
「ちょっと待てよ!」
無謀にもミクリヤのいる教壇まで、つかつかと歩み寄っていくのは男子16番松本健太郎。ミクリヤの手にはいまだコルトパイソンがしっかりと握られている。
松本健太郎、男子の中でもとにかく感情の起伏が激しい人だった。けっして悪いヤツではないけれど、ちょっとバカで短絡的なところがあった。
松本が教卓越しのミクリヤに顔を近づけて喚いている。
「おい、コラ、ミクリヤ。てめぇいい加減にしとけよ!これのどこが”ごっこ”だよッ!ルールは違っても、こいつはどうしたってバトロワそのものじゃねえか!」
ああ、そういえば松本くんって吹雪のことが好きだったんだっけ。かわいそうに卒業式にコクって、みごとに肘鉄くらってたよね。まあ尤も、仮にもミス3−Bと呼ばれた子だもの、彼女に気があったのは松本くんだけじゃなかっただろうけどね。ったく、美人は得よねえ。でも死んじゃったらどうしようもないんだけど……
一触即発の緊迫した空気の中、啓子はそんなことを考えていた。
「とにかく、俺はやらねえぞ、ゼッテーやらねえからな!」
と、その場に胡坐をかき、テコでもここは動かないと意思表示する松本。
「じゃあ、死んでもらうしかありませんよねぇ」
ちゃきっと小さな音がしてコルトパイソンの銃口が松本の眉間を捉える。
さすがにさっと青褪める松本。
たまらず山寺修一がしゃしゃりでて松本の腕を引き寄せる。
「おい、松本、やめろよ―――ミクリヤさん、こいつバカなんですよ。だからここはひとつカンベンしてやってください。それにほら、これ以上プレイヤー殺したらゲームがつまんなくなるでしょ?こいつ腕力あるし、足めちゃくちゃ速いし、当然知ってますよね?ね、こいつまで殺したりしたらトトカルチョのオッズが荒れるんじゃないスかねえ」
「山寺、テメ、よけいなことすんじゃねえよ!」
なんとかミクリヤを言いくるめようと道化を演じる山寺の腕を払いのけ、後には引けぬとばかりに虚勢を張る松本。たしかにこの男、昔から一ミリたりとも成長していない。まさにバカまっしぐら。
「み、みんなもやらねえだろ?こんなバカげたこと、ヤルわけねえよな!ああ、そうだよ。こんなくそデブオヤジのいうことなんて聞くこたぁねえよ!」
「なんですって?」
撃たれる!誰もがそう思った。
しかし、案に反してミクリヤは呆れたように肩をすくめてみせただけ。
「わかってないなあ。そもそもあなたたちに選択権はないんです。ヤルしかないんですよ、松本くん。その証拠に、ほらご覧なさい」
ミクリヤが顎でしゃくったその先では、茶髪ロンゲ男が黙々と屈伸運動をはじめている。その表情に迷いはない。彼はもうヤル気まんまんだった。
その男―――男子1番藍原直紀が指をぱきぱき鳴らしながらミクリヤに尋ねる。
「なあ、ミクリヤさんよ、最初は俺からでいいんだよな。もう行ってもいいのかい?」
「藍原、オマエ……」
松本が棒をのんだような顔で藍原を見るも、当の藍原は一瞥もくれない。
ミクリヤがようやく銃を懐にしまい、パンパンパンと手拍子する。
「さあさあ、早速ヤル気になってる人がいるようですよー。みなさんも負けないでガンバッテくださいねー。それではタイヘン長らくお待たせいたしました。藍原くん、どうぞ出発してください」
ミクリヤが言い終わるや否や、全速力で走りだす藍原。こらー、廊下を走るんじゃありませーん、などと咎める者などいるハズもない。ここから先は完全なる暴力と狂気の無法地帯、バトルロワイアル。
藍原を見送った山寺が呆ける松本の肩をぽんぽん叩きながら、のんびりした調子で声をかける。
「しっかし、藍原のヤツ最初から飛ばしてんなー。ミクリヤさんのいうとおり、こりゃあ俺たちもウカウカしてられないぞ、松本」
「……ホントにヤル気なのか、藍原のやつ」
「そういうことだな。ま、俺たちもラジオ体操でもして順番を待つとするべ。っていっても、俺たちの出番まであと一時間以上もあるけどな」
藍原の毒気に当てられてか、松本はそれ以上何もいわなかった。どうやらこのプチ一揆は山寺の機転で一応落ちついたようだ。
一方で猿渡啓子は次に出発する朱見今日子と無言で頷きあっていた。
『じゃあ、またあとで』『うん、あとで』
そのとき、背後で声がした。
「首輪だ……」
振り返ると、汗だくの九条明人がしきりとメガネのブリッジを押しあげながら、ぶつぶつ呟いている。
「藍原が早く出たがったのは、遠くへ逃げるためでも、隠れて待ち伏せるためでもない。首輪だ。首輪を取りにいったんだ、あいつは」
―――そうか、首輪だ!
さっき窓からミクリヤが投げ捨てたヤツ。あれも一個にカウントされるんだ。
まるで屍骸に群がるハイエナ。藍原は吹雪の首輪を労せずに誰よりも早く手に入れようとしていたのだ。
ああ、そんなことにも気づかないなんてアタシはなんてバカだろう!いや、待って。これはアタシが愚鈍だからじゃない。これはヤル気の人間だからこそ思いつくことなんだ。そもそもゲームに参加する気のないアタシが首輪のことを忘れていたってなんの問題がある?"だからナニ?"って笑い飛ばせばいいだけのこと。自分たちは自分たちでやっていけばいいのだから。
ああ、でもこの悔しさはなんだろう。一歩先を越されたみたいな歯がゆさはいったいなんだろう。
教壇に立つミクリヤがニタニタニタニタ笑っている。
ホ、ホントに大丈夫なのかな。
啓子の胸の動悸が高鳴る。
「では次、朱見今日子さん、出発してくださーい」
今日子が最後にちらっとこっちを振り返って教室をあとにした。
大丈夫かな、ホントに大丈夫かな。
ちょっと気を抜くと不安が鎌首をもたげ、いともカンタンに希望を飲み込んでしまいそうになる。
大丈夫、ゼッタイ大丈夫、きっと大丈夫、たぶん大丈夫?
振り子のように揺れる気持ち。
親友、宮坂玲と石田爽香と身を寄せ合いながら―――
どうしようもなく粟立つ肌を擦りながら―――
なんてサイアクの同窓会!
ありきたりなセリフで申しわけないけれど……
お願い、夢なら覚めて!
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